オアフ島のほぼ中央部、ワヒアワという街では、毎年1月から2月にかけて沖縄寒緋桜が開花します。日本より一足早い開花です。もともとワヒアワはパイナップルで有名な街で、1800年代後半には日本からの移民が生活を送っていた場所でした。今でも日系人の方が多い街です。今日はその桜のお話をお届けしたいと思います。

ワヒアワの沖縄寒緋桜

日本からアメリカに1910年に2000本の桜の苗木をワシントンDCに贈られました。でもその桜には害虫がついていたため、すべて破棄されてしまい、再び1912年にソメイヨシノを日本から贈り、その2本から今のようなDCの桜になったそうです。

2012年はそこから100周年を迎え、桜は日本とアメリカの友好関係の象徴となりました。他の地域にも桜を広め、ハワイもその地域に入りました。しかしながらハワイの気候は日本とは違うため、ソメイヨシノは育ちません。そこで1950年にオアフ島でも少し標高が高く、涼しい場所であるワヒアワにおいて、チョロ・ナカソネさんが持ち込んだ1本の沖縄桜を育て、その桜から種を取り、タスケ・タケオさんがそれを育て、現在のワヒアワ、カリフォルニア通りの桜になったと言われています。その他2012年には大島桜と高知の桜が友好の証として贈られましたが、大島桜はそれから数年後に咲き始めたと言われています。ワヒアワの天候が沖縄桜や大島桜には合っていたんですね。

ワヒアワのカリフォルニア通りに点在している桜

ハワイにはあちらこちらに浄土真宗本願寺が存在します。私も東京の築地本願寺や京都の西本願寺には行ったことがありますが、30年前にハワイに来て本願寺があることに驚きました。ハワイ全島には37つの本願寺があるそうで、日系の人たちがどれだけ多く住んでいるかわかりますよね。

今年は桜の名所と呼ばれるワヒアワ本願寺に行ってみました。桜は満開ではありませんでしたが、咲き始めていました。そしてその近くには親鸞聖人の像もありました。ハワイでは桜祭りや盆ダンスもあり、30年前にハワイに初めて来た時にはタイムトンネルに入ったようでした。私が小さい時に訪れた祖父母のいた尾道の感じがしたのがワヒアワでした。当時友達のお父さんのお家がワヒアワにあり。遊びに行かせていただいた家は、まさに広島の田舎のお宅という印象がありました。日本人形、仏壇、タンスなどがあるのに、生活はアメリカ式という不思議な空間でした。後々それが所謂日系の人の生活だったということがわかりました。祖父母と半年ほど時間を過ごしたこともあって、ローカルの人の広島弁がすごく懐かしかったことを記憶しています。ハワイのいなり寿司も関西風で形は三角。コーン寿司と呼ばれています。懐かしいことのオンパレードだったワヒアワ。今もなお、ノスタルジックを感じられる街のままでした。そこでみる少し濃いピンクの桜もとても懐かしく感じました。

ワヒアワ本願寺

親鸞聖人の像

カリフォルニア通りをどんどん進み、ワヒアワ植物園を通過して行くと、一般のお家の庭にたくさんの桜を見ることができます。空の青さと桜のピンクのコントストが素敵で大きなハワイアンキルトを作りたくなってしまいました。こういうところからインスピレーションが湧くのですね。

人様のお家の桜なので遠慮しながら観なくてはならないのがちょっと残念でした。日本のように河川敷に咲いていたり、公園で咲いていると遠慮しないで見られますからね。。。ハワイにいてこんな贅沢があるものかと思いつつ、お花見を楽しんで来ました。3月になるともっと咲いているのか、すでに散ってしまうかその年によって違うとは思いますが。。。ラッキーだったら満開の桜が楽しめるかもですね。

ワヒアワの桜は色が濃いです

バックグランドに電線が写ってしまいます

今までに3種類ほど桜のハワイアンキルトのデザインを描いています。こちらはすでに10年経ってしまった4月桜のデザイン。そしてクッションはもっともっと前に描いたものです。今年の桜を見て、そろそろベビーキルトでもデザインしてみようかなと思いました。上野公園の桜もあと少しで開花でしょう。残念ながらあんなに見事な桜はハワイでは見られませんが、桜のキルトを作ったら毎年この季節に楽しめそうですね。

花粉で大変な方もいらっしゃると思いますが、引き続き感染に気をつけて、今年のお花見をそれぞれの方法でお楽しみくださいね。

10年前にデザインした4月の桜

それより以前にデザインした桜のクッション

アン

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筆者プロフィール

藤原小百合アン
藤原小百合アン
アーミッシュキルトの盛んなアメリカ・オハイオ州の高校に留学中にアメリカン・パッチワークを習得。その後ハワイに移住し、マウイ島のハナ・マウイ・ホテルで出会ったハワイアンキルトのベッドカバーに一目惚れをし、ハワイアンキルトを始める。2001年9月11日、ニューヨークで起きた同時多発テロ事件の犠牲者とその家族への追悼キルト、『千羽鶴 フレンドシップキルト』を全国のキルターとともに完成させ、2009年9月、9.11メモリアルに寄贈。2010年スパリゾートハワイアンズ(福島県いわき市)にてキルト展を開催。2011年7月、ハワイで毎年開催される「キルトハワイ」において、オリジナルデザインの「マノアの森」キルトがグランプリ受賞。2012年7月、電子本「キルトストーリー」を発売。2012年9月、スパリゾートハワイアンズへ、フラガール・フレンドシップキルトを寄贈。2013年11月より、イオラニ宮殿の日本語ドーセントのボランティアを開始。2021年7月には誠文堂新光社より「ハワイアンキルト パターンとステッチの魅力」の増補改訂版を発売。ハワイ、日本での展示会やレッスンなど、伝統的なハワイアンキルトを広げるため、日々奔走中。ハワイ在住34年目。

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