世界を創造する
ハワイという世界がどのように誕生したのか。それはハワイ王朝が代々の王によって引き継がれてきたとされる『クムリポ』という伝承に語られています。クムリポでは、世界の始まりを次のように記しています。「ポー(闇)は広大で何もない土地だった。深淵なる闇がすべてを支配し、生命と呼べるものはただひとつしかなかった。そしてただひとつの光が、創造の力を秘めたポーを貫いた。この、混沌を秘めた渦のなかで秩序が広まった」とあります。
「深遠なる闇」とは「無」と言い換えることができます。これに対し「秩序」には「宇宙」という言葉をあてがうことができます。「宇宙は無で充たされた静的な状態にありましたが、あるときひとつの力がそれを破り、この世界を創り出しました」と解釈できそうです。この創造に携わったのは神々であるとされますが、文字のないハワイを含むポリネシア社会では、語り部(伝承)によってその内容は少しずつ異なりました。
世界の創造者は、ポリネシア社会でもっとよく知られる4大神のひとりであるカーネであったり、妻のパパ・ハーナウモクとともにこの世を創ったとされるワーケアであったりします。しかし、この物語が展開されるクムリポは、ハワイ王国第7代の王であるカラーカウアが公開したとき、公表に深く関わったドイツの人類学者であり神学者でもあったアドルフ・バスチャンの思惑が付け加えられているという説もあります。
ポーとは何か?
クムリポの初めの方には「なにもない。ただポーだけがあった」と書かれています。「ポー(pō)」とは「光のない状態」という意味のほかに、「無知(pō'akahi)」、「夢(moe)」、「未文明(a'ole aokanaka)」などの意味があります。世界が「誕生」する前、そこには混沌とした原始世界があり、生命はそのようなカオスから誕生し、進化して今日に至ったと考えられています。
クムリポは16の時代(wā)で構成されますが、最初の7つ時代は、ポーが続きます。ポーの時代は精霊の時代でもあります。そこには「土地」という言葉が登場しますが、いわゆる地質学で言う大地のことではなく、「何事かが起きているところ」という意味合いです。この闇の大地のなかで意志のある動きが起きました。しかし人間はおらず、一部の神々のみが関わる出来事でした。やがて言葉が現れ、さまざまな「命」が誕生します。人のような存在も描かれますが、人が正しくこの世に出現するのは、闇が切り開かれてからです。神々によって星々や月が生まれ、海と大地と空が誕生し、そこに生息するさまざまな動植物とともに人間が誕生します。
島々の誕生
このような天地創造とは別にワーケアとパパの物語があります。パパ(パパハーナウモク)は「大地(島)を司る母なる神」あるいは「地球」を指すとされます。ハーナウには「誕生」、モクには「小さな島々や大きな島の一部地域」という意味があります。ワーケア(アーケア)は「広大さ」を意味し、ワーケア神は「天空を司る父なる神」の意味があります。2人の物語によれば、ハワイ諸島は彼らが誕生させたとされます。
遠い昔、ワーケアとパパがが結ばれ、ハワイ島、マウイ島、カホオラヴェ島を創りました。その後、パパは自分が誕生したカヒキ(タヒチ )に一時的に戻りました。残されたワーケアは、パパとの間にできた娘のホオホクカラニと関係を持ち、新たにモロカイ島とラナイ島を創りました。しばらくしてハワイに戻ったパパは、ワーケアの浮気に怒って別の男性と関係を持ち、オアフ島を創りました。しかしその後にワーケアとパパは和解し、新たにカウアイ島とニイハウ島を創ったとされます。
ちなみにかつて北西ハワイ諸島と呼ばれた主要ハワイ諸島の北西に連なる島々は、今日パパハーナウモクアーケアと呼ばれます。このハワイ語には「創造と誕生、ハワイ諸島のすべての土地」という意味が込められています。ここはすべての生命が生まれ、人々は死ぬと精霊となってこの地に戻ると信じられました。
これは日本の古事記によく似ています。わが国にも国産みの碑があります。それによればイザナギとイザナミという2人の神が天の橋に立ち、「混沌」をかき混ぜて島を創ったとされます。日本の島々はこの神々が天上より滴を垂らして創り上げたというものですが、ワーケアとパパの物語に良く似ています。
筆者プロフィール
- カワラ版のネイチャー・ガイド。本業はエッセイスト兼翻訳家だが、いまはハワイの魅力を支えている自然をもっと知ってもらうことに力を注ぐ。趣味は穴潜りと読書。ハワイ滞在中も時間をやりくりして書店通いをしている。
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