ヒロの町は伝統社会時代から続く歴史を持ち、日本人移民にとっても縁の深い土地です。半世紀前から今日に至るまで町のたたずまいは大きく変わることがなく、開発の歴史から取り残されたように見えます。しかしエアポケットのようなヒロを愛する人は多く、ハワイで暮らすならこの町を置いて他にないという人は少なくありません。
この町は2度の津波で多くの人命が失われるという過去があり、ダウンタウンには過去の被害を風化させないために太平洋ツナミ博物館(Pacific Tsunami Museum)が作られました。ちなみに館内にはヒロのツナミだけでなく、東北大震災のコーナーも設けられており、日本とハワイ諸島との、地震やツナミの関わりについても詳しく伝えています。
ヒロにはツナミだけでなく、度重なる川の氾濫という歴史もありました。市内を流れるワイルク川もしばしば氾濫を起こし、町に被害を与えました。ちなみにワイルクとは、ハワイ語で「暴れる川」という意味です。
ワイルク川には観光地となっているレインボー・フォールズを初め、多くの滝があります。河口から源流近くまでさかのぼりながらこの川にかかる滝を見ていきましょう。河口付近の橋から川を見下ろすと、マウイのカヌーと呼ばれる巨岩が見えます。ハワイ語では「ワア・オ・マウイ(マウイのカヌー)」または「ワア・オ・カフイ(マウイ島の大首長であるカフイのカヌー)」と呼ばれます。半神マウイはこの岩にカヌーをもやぐと、母である女神ヒナの元に向かいました。母親にいたずらをするトカゲの怪物を退治しに出かけるためです。このときマウイのカヌーが巨岩になったという伝説があります。
川のすぐ上流には水力発電所があります。ワイルク川は大きな川でなく、ときに発電ができないほど水量が減ることもありますが、今も稼働しています。
さらに川を遡るとレインボー・フォールズが現れます。ハワイ語でワイアーヌエヌエ(虹の架かる川)と呼ばれるこの滝には、その名の通り午前中に美しい虹がかかります。この滝には駐車場奥と駐車場の左手上方にふたつの展望台があります。観光客の多くは駐車場奥からの景観だけを見て帰りますが、上のポイントから眺める滝の落ち口も迫力があります。写真でわかるように、数日で雨が続くと、ワイルク川の様相は一変し、濁流と化します。滝は徐々に水かさが増すのではなく、鉄砲水のようにいきなり増水するので、今もときおり水難事故が起きます。
流れの激しさは神話の形となって語り継がれてきました。レインボー・フォールズには月の女神ヒナの物語があります。ヒナは滝の奥にある祠(ほこら)に住み、カパ(タパ)と呼ばれる布地を作って過ごしました。しかしモオ・クナ(モオはトカゲ、クナはウナギを指します)という川の怪物がときおり彼女にいたずらをしました。上流から石や大木を流してヒナを驚かすのでした。
ある嵐の日、モオ・クナは巨大な石を川に落としました。石はヒナの住む祠のすぐ下に転がり落ちて川を堰き止めたため、祠は水にあふれました。母親の危険を察知した息子のマウイはマウイ島のハレアカラ山からカヌーに乗り、わずか2漕ぎでワイルク川に駆けつけ、この石を取り除きました。そのあと、逃げ出したモオ・クナの住みかに溶岩を流し込んで退治したとされます。
トカゲの化け物の神話は、度重なるワイルク川の氾濫をトカゲのいたずらに喩えたのかもしれません。ふだんはおとなしい表情をしていても、いつ危険な状態になるかわからないということを、神話に変えて人々に伝え続けたのだと思われます。
レインボー・フォールズから車道へ戻り5分ほど登った上流にはボイリング・ポットという箇所があります。小石が河床を丸く削り取ったせいで川の水は白く泡立っているのですが、これはかつてマウイから逃げるモオ・クナが石を削って作ったと言われます。
さらに上流へと進むと、ペエペエ・フォールズ(隠された滝)が現れます。現在は川にかかる橋から一望できますが、かつては深い森の奥にあったため、このような呼ばれたようです。
ここから上流へ登りつめるとワイアレ・フォールズの瀑音が聞こえてきます。広い落ち口を持つこの滝は豪快に水を落としますが、すぐ下の流れはそれとは正反対に静かです。ワイアレとは、ハワイ語で「さざ波の立つ水」、転じて「静かな流れ」を意味しますが、そのような光景から付けられた名前なのかもしれません。
ワイアレ・フォールズの左岸(上流から下流を見て左側の意味)には名前のない2条の滝がかかり、道は険しくなります。川はここからさらに上流の、マウナ・ケア山腹へと登りつめ、ハカラウの森を抜け、山頂近くに達します。
筆者プロフィール
- カワラ版のネイチャー・ガイド。本業はエッセイスト兼翻訳家だが、いまはハワイの魅力を支えている自然をもっと知ってもらうことに力を注ぐ。趣味は穴潜りと読書。ハワイ滞在中も時間をやりくりして書店通いをしている。
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