入れ墨の起源と意味
前回は入れ墨の誕生について神話と歴史の両面からお伝えしました。入れ墨の起源については多くの口承伝承(モオレロ)がありますが、フラやチャントと同じく、神から与えられたものであるとともに神に捧げるものであり、神聖なものという基本的な考えがありました。ハワイ諸島においては故郷であるタヒチなどポリネシアの島々の神話を基本に、天地創造の神であるカナロアから授かったと信じられました。
タヒチでタトゥーと呼ばれた入れ墨は、ハワイではカーカウ(Kākau)と呼ばれました。カーカウは神との関わりを示すほか、自分がどのような勢力に所属するかを示したり、その組織における地位を示しました。また死者への追悼を示すこともありました。カーカウというハワイ語には「示す」「記す」「描く」などの意味もあります。たとえばカパ(タパ)への彩色や模様付けもカーカウと呼ばれます。
デザインと地域性
部族を表す入れ墨は「同じ土地集団(アフプアア)や、同じ首長(アリイ)に所属することを示す」ものです。たとえば雷神であるカーネヘキリを先祖として信仰した大首長(アリイ・ヌイ)のカヘキリの入れ墨は、所属する集団を表すとともにカーネヘキリを守護神として崇めていることを示すデザインが施されました。口承伝承によれば、カーネヘキリ神は体の右半身が黒く塗りつぶされていたため、カへキリも体の同じ箇所を入れ墨で覆いました。彼の家来たちもまた右半身全体に同じような入れ墨を入れました。このように、ポリネシアの入れ墨は、体の場所によって特定の意味を持ちます。
タトゥー文化
その昔、入れ墨は男性が施すものでしたが、サモアでは多くの女性が入れ墨を入れました。ただし女性のタトゥーは男性より繊細なデザインに限られ、手足など下半身にのみ施されました。やがて女性のタトゥー文化はトンガやサモアに波及し、その後1000年をかけてハワイを含むポリネシア文化として広く定着するようになりました。ハワイを含むポリネシアの人々は入れ墨を通じて独自の文化を築き上げました。
体における配置
ポリネシアの社会において、人はランギ(天を司る神、あるいは天国)とパパ(大地を司る女神、あるいは地球)の子孫とされます。人が生きる目的は天と地が再びひとつとなるように努めることです。そのため人の体はランギとパパを結びつけるものと考えられました。この考えに基づき、体の上部は精神世界と天に関わり、体の下部は現実世界に関わるとされました。腕の裏側には代々の系図が示され、背中は過去、前面は未来に関わるとされました。性別的には、左半身は女性、右半身は男性に関わります。
顔面と首を含む頭部(図1)は、天を司るランギ神との接触点であり、精神性、知識、知恵、直感などに関わります。頭部は体のなかではもっとも高い位置にあることからこのように信じられました。地球や宇宙との繋がりを意識するという点ではチャクラと重なる点もあります。
胴体の上部(図2)は、へその上から胸にかけての部位で、寛大さ、誠実さ、名誉、和解などのテーマに関わります。胴体はランギとパパの中間(境界)にあたります。両者の調和を保つためには、胴体の部分でバランスを取る必要があります。人の体は特定の神と全面的に繋がるのではなく、天に近い部分と地に近い部分とでそれぞれに役割の異なる神と繋がるという考えです。(*とは言え、すべての信仰でこのような発想に基づいたわけではありません。)
太腿の上からへそに至る下半身(図3)は、生命エネルギー、勇気、生殖、独立、性に関わります。なかでも太腿は強さと結婚を意味します。腹部(中央部分)は、マナ(霊的なエネルギー)が形づくられる場所です。へそはへその緒を切ることに関わる象徴的な意味から、腹部とは別の存在と考えられました。
肩と、肘より上の上腕部(図4)は強さと勇敢さを示します。コア(戦士)やアリイ(首長)のような地位の者にはとくに重要な部位です。
肘から先(図5)の、腕前部と手は、創造性、創造、物作りに関係します。マオリ語の kikopuku は、kiko (肉、身体) と puku (腫れた) の結合語のこの部分を指すのに使われ、「強い腕」という意味を持つとともに、強い人間を指しました。
太腿から下(図6)は、前進、変化、進歩を表します。また、分離と選択にも関連します。足は母なる大地であるパパに触れる部分であることから、物事の具体性や物質そのものに関連します。足に触れるものを「具体性」と考える背景には、「天を司るものは決して具体的ではない、抽象的である」という考えがありました。神を信じることと、その神が抽象的であることを、同時に認識していた可能性があります。
体のあちこちにある関節(図に示してはいません)は結合や接触を表します。体を社会の反映と見なすことから、関節はさまざまな骨が出会う場所であり、個人と個人との繋がりの深さを表すとされました。頭(家族の長)から遠いほど血縁関係は遠く、地位は低いとされます。足首と手首は絆を表すので、この部位につけるレイ(クーペエ)は献身を意味します。膝は目上の存在に対してひざまずくことに関連します。
デザインと意味
ポリネシアの入れ墨のデザインには基本的なイメージが存在します。ここではニュージーランドやマルケサス諸島、タヒチ(ソシエテ諸島)などに残るデザインを中心にハワイのものを含めて紹介します。
エナタ(カナカ、シンプルなデザイン)ハワイ語ではカナカ、マルケサス語ではエナタと呼ばれる「人間を描いたもの(人物像)」は、男性や女性、まれに神を表します。逆さまに配置すると、敗北した敵を表します。図は単数(1人)の一例です。
*2つめの図はハワイのペトログリフで人物を描いたものです。マルケサスのエナタ(左)を90度反時計周りに回すとハワイのペトログリフ(右)で描かれる人物画に似ます。
エナタ(複合的なデザイン)入れ墨は、その組合せによっては、人間集団やその関係を表すことができます。エナタが一列に並んで手をつないだデザインは、アニ・アタと呼ばれるモチーフで、「曇り空」という意味です。ポリネシア語では、半円形のエナタの列は空や子孫を守る先祖を表します。
サメの歯(ニホ・マノ、シンプルなデザイン)サメのアウマクア(先祖の霊)はもっともよく描かれます。サメは、保護、指導、強さ、獰猛さを表します。それと同時に、ポリネシア各地で適応性のシンボルでもありました。
サメの歯(複合的なデザイン)より複雑な形でサメの歯を様式化したものです。上の図はマオリ、下の図はサモアのサメの歯を組合せた入れ墨です。
槍(シンプルなデザイン)コア(戦士)の性質を表すために使われる古典的なデザインは槍です。槍の先端は武器と勇気を示すとともに、特定の動物に襲われた際の傷を表すためにも用いられます。
槍の組合せ(複合的なデザイン)多くの場合、これは槍の先端の列として様式化されます。図はバリエーションのひとつです。
海と波(シンプルなデザイン)海はポリネシア人にとって第二の故郷であり、航海に出る場所でもあります。ウミガメは死者を目的地まで案内すると言われますが、このことは日本の浦島太郎民話を彷彿とさせます。ポリネシア人にとり、海は「死、あの世」を表すこともあります。海は食料源でもあり、海に関わる多くの伝統や神話に影響を与えています。そのため、海にまつわる入れ墨は多く存在します。通常、海は波で表します。
海と波(写実的なデザイン)前述したように海は、「生命」「変化」「変化を通じた継続」というイメージを表します。波は「あの世」「亡くなった人が最後の航海でたどり着き休む場所」も表します。「海は生命が誕生し、葬られるところ」という考えがあったのかもしれません。
ティキ(キイ、神像)この言葉のルーツは「姿」です。ティキはモオ(トカゲ)などの動物の形で人間の前に現れるアトゥア(アウマクア)ではなく、ペレやマウイのような半神を表します。死後、半神となって神格化されたアウマクア(祖先)を含め、カフナ(祭司)、アリイ(首長)を表すことから、保護、豊穣、守護者としての意味を持ちます。人物像をシンプルに表現する際、とくに目や鼻、耳を誇張することが多く、眼については「輝く目」と呼ばれることもあります。
ティキの眼(キイの眼)ティキ(神像)に描かれる眼は、上の図のように誇張されることが不可欠でした。そこから生まれたのが、このような入れ墨です。
ウミガメ(ホヌ)ホヌはポリネシア文化全体において重要な生き物であり、健康、豊穣、長寿、基盤、平和、休息などと結びつけられました。マルケサス語でウミガメはホノ(hono)と言いますが、この言葉には、家族の結びつき、団結などの意味があります。ちなみに下向きに描かれたウミガメは、死者をあの世に連れて行くことを意味します。その場合は、甲羅の上か近くに人の像を置く必要があります。
トカゲ、ヤモリ(モオ、モコ)モオはポリネシアの神話で重要な役割を果たします。神や精霊はしばしばトカゲの姿で人の前に現われます。トカゲはとても強い生き物で、幸運をもたらし、人間と神々の間で意思疎通を図り、目に見えない世界にアクセスすることができると信じられました。その一方で、敬意を欠いた人々に死や不吉な前兆をもたらすこともあるとされます。
入れ墨と物語
入れ墨には組合せによって物語的な意味合いが込められます。とくにマオリ社会では、タトゥーを彫る人の家族、功績、コミュニティにおける立場などが入れ墨に込められます。ハワイでは、イルカ、ウミガメ、サメ、フクロウなどのシンボルがこれに相当します。 ハワイの生き物に関わる入れ墨
イルカ(ナイア):遊び心、導き、海との調和を表します。
カメ(ホヌ):知恵、長寿、陸と海のつながりを象徴します。
サメ(マノ):強さ、保護、先祖の導きを表します。
フクロウ(プエオ):知恵と洞察力を表す精神的な守護者とみなされます。
これらの動物は入れ墨のデザインであるとともに、ハワイの伝統文化においては、祖先の霊(アウマクア)を表します。
筆者プロフィール

- カワラ版のネイチャー・ガイド。本業はエッセイスト兼翻訳家だが、いまはハワイの魅力を支えている自然をもっと知ってもらうことに力を注ぐ。趣味は穴潜りと読書。ハワイ滞在中も時間をやりくりして書店通いをしている。
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