アロハプログラムのキュレーターとしてハワイ島で研修

先月でもご紹介させていただきましたアロハプログラムですが、私たちキュレーターも日々ハワイについての勉強を欠かしてはいません。ハワイについてお勉強されているメンバーさんのためにも、もっともっとハワイについての深い勉強を日々続けて行きます。ハワイ州観光局から素晴らしい提案をしていただき、ハワイ島の研修が実現しました。今日はそのハワイ島で学んだことを今月、来月と2回に渡りご紹介したいと思います。

ハワイ・ジャパニーズ・センターにて

ハワイ・ジャパニーズ・センターにて

まずはハワイ島ヒロのハワイ・ジャパニーズ・センターを訪問しました。アーノルド・ヒウラご夫妻にお会いし、ヒロにおいての日系人の功績、センター内の展示などを見ながら教えていただきました。
メインの展示ホールには、移民の方が使っていた生活用品などが展示されています。こちらのホールのテーマは「辛抱」だそうで、初期当時の移民の人はサトウキビ畑での過酷な労働に辛抱し、また第二次世界大戦では母国日本を敵に回さなければいけないという世界的な情勢に辛抱した苦難の時代の日系人の歴史を伝えています。

ヒロにおいての日系人の存在、その方たちの横の結びつき、現在のヒロにおける日系人の功績の数々を教えていただき、実情を初めて聞きました。アーノルドさんはもともとヘラルドという新聞社の記者の方でもあり、日系人の歴史にはかなり詳しい方でした。着ていらっしゃったシャツはパラカシャツという当時サトウキビ農園やプランテーションで働いた方々の作業時だったものだそうです。厚手のコットン100%のチェック生地で作られたものですが、プリントされたものではなく、織りで作られたチェック生地が本物のパラカシャツで、アロハシャツの原型になったとも言われています。そんなシャツをわざわざ着てくださっていました。

辛抱をテーマとした展示

辛抱をテーマとした展示

当時使われていたと思われるミシンなどの裁縫用具

当時使われていたと思われるミシンなどの裁縫用具

パラカシャツを着ていらしたアーノルド・ヒウラさん

パラカシャツを着ていらしたアーノルド・ヒウラさん

次の場所に移動するときに、ヒロのバンク・オブ・ハワイの副社長などを務められ、現在は日本国名誉総領事のアート・タニグチさんに、ヒロの日系社会についてもっと詳しくお話しをしていただきました。途中ヒロで日系人の方によりビジネスが始められた車販売をされているアイヴァン・ナカノさんにもお会いし、今のヒロの経済を支えている方々の多くが日系人の方であること、また横の繋がりがかなり硬いということ(高校の同級生や同窓生)を教えていただきました。

リリウオカラニ・パークの中の茶室や、アラエ墓地に連れて行っていただき、より深い日系の歴史をアートさんに説明していただきました。こちらの墓地は、1940年、当時布哇県選出の上院議員(日系第一号)であった阿部三次さんが母国日本のことを思い、自費で日本から石材を取り寄せ建立された「布哇日本人先亡慰靈塔」だそうです。この墓地で厳かな気持ちになりました。ハワイと日本は切っても切れない、何か深い縁で結びついているの今に始まったことではなく、長い歴史があるということも勉強させていただきました。

アラエ墓地の布哇日本人先亡慰靈塔にて

アラエ墓地の布哇日本人先亡慰靈塔にて

次の日の朝、泊まったグランド・ナニロア・ホテル・ヒロには、ホクレア号が停泊していました。ちょうどメリー・モナークのフラの祭典のすぐ後だったので、停泊していたそうですが、目の前でのなホクレア号との出会いは強烈なものでした。素晴らしいタイミングだったので他の皆さんとびっくりしてしまいました。偶然の素晴らしいプレゼントですね。

ホクレアの目の前で

ホクレアを目の前で

2日目はお天気が悪く、道中を危ぶまれましたので、予定していたホノカアの方はキャンセルし、急遽サドルロードを通ってコナ側に行くことに決めました。マウナケアとマウナロアの間を行く、サドルロードは懐かしくそこからワイコロアの方へ降りて行く道は不思議な気持ちで通りました。昨年1月まで3年半過ごした家の側を通り、ヤギを横目にした時は、不思議な気持ちになりました。コナ側はやはりお天気がよかったです。

そのまま南下して、コナ・コーヒー・リビング・ヒストリー・ファームに向かいました。予定を大幅に変更したにも関わらず、またもや素敵な方にお会いすることができました。日本語がとても流暢なファーマーにお会いすることもできました。コナコーヒーは日系人が始めた農園であることもわかり、当時使われた道具などは日本人の知恵がたくさん詰まったものでした。

コーヒーの花はジャスミンのような甘い香りがします。コーヒーの実も見ることができました。ハワイアンキルトのデザインにも使われる植物ですね。とても高価なコナコーヒーの収穫も大変であることも教えていただき、ありがたさがわかりました。

日本語でコーヒー豆の収穫を

日本語でコーヒー豆の収穫を

コーヒーファームで

コーヒーファームで

コーヒーの花

コーヒーの花

コーヒーの実

コーヒーの実

日系人の歴史を深く学ぶ旅は来月に続きます。
ハワイ州観光局の皆様、ありがとうございました。

By アン

Hawaii Japan Center
751 Kanoelehua Ave.
Hilo Hawaii 96720
Tel: 808-9034-9611
http://hawaiijapanesecenter.com
営業時間、水曜日から土曜日 11時から14時
休み:日曜、月曜、火曜
入場無料

Kona Coffee Living History Farm
http://www.konahistorical.org/index.php/tours/kona-coffee-living-history-farm/

☆電子ブックが発売!
https://www.amazon.co.jp/dp/B0721195V5/ref=zg_bs_2292799051_f_9?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=WZSDX1N0A2Y4W80K1H3D

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筆者プロフィール

藤原小百合アン
藤原小百合アン
アーミッシュキルトの盛んなアメリカ・オハイオ州の高校に留学中にアメリカン・パッチワークを習得。その後ハワイに移住し、マウイ島のハナ・マウイ・ホテルで出会ったハワイアンキルトのベッドカバーに一目惚れをし、ハワイアンキルトを始める。2001年9月11日、ニューヨークで起きた同時多発テロ事件の犠牲者とその家族への追悼キルト、『千羽鶴 フレンドシップキルト』を全国のキルターとともに完成させ、2009年9月、9.11メモリアルに寄贈。2010年スパリゾートハワイアンズ(福島県いわき市)にてキルト展を開催。2011年7月、ハワイで毎年開催される「キルトハワイ」において、オリジナルデザインの「マノアの森」キルトがグランプリ受賞。2012年7月、電子本「キルトストーリー」を発売。2012年9月、スパリゾートハワイアンズへ、フラガール・フレンドシップキルトを寄贈。2013年11月より、イオラニ宮殿の日本語ドーセントのボランティアを開始。2021年7月には誠文堂新光社より「ハワイアンキルト パターンとステッチの魅力」の増補改訂版を発売。ハワイ、日本での展示会やレッスンなど、伝統的なハワイアンキルトを広げるため、日々奔走中。ハワイ在住34年目。