コハラ牧場から見上げるマウナ・ケアと天文台群

コハラ牧場から見上げるマウナ・ケアと天文台群

ハワイ島にそびえ立つマウナ・ケアは、ハワイ語で「白い山」という意味です。その名の通り、冬季には雪化粧をします。この山は100万年近く前に海底で噴火をはじめました。30万年ほど前に海上に顔を出し、6、7万年前まで成長をつづけ、今日のハワイ島の土台を造りました。噴火は4、5千年ほど前に終わり、現在は死火山です。

マウナ・ケアでは、北東側の2000メートルほどの高度にいつも雲海が広がっています。山頂付近は風が強く、過去に風速70メートルを記録したこともあります。しかし、乾燥した空気と、強風によって大気中に浮遊する塵などを吹き払ってくれるため、頭上には見通しの良い視界が確保されます。この大気と雲海のせいで、夜になると大空は星々で埋めつくされます。「埋めつくす」というのは、比喩ではなく、天の川などは、肉眼では見分けがつかないほど密集し、白い帯のようになります。

天体観測を行うには晴天率が高いだけでなく、大気が安定していることも大切です。星が瞬くのは美しく感じられますが、これは大気の乱れによるものですから、超高性能の天体望遠鏡では大きな障害となります。マウナ・ケアの標高は4200メートルを超えるので、空気が薄く、星の光りを受け取りやすいというメリットもあります。

すばる望遠鏡の主鏡下部

すばる望遠鏡の主鏡下部

ただし、山頂のコンディションがどれほど良くても、山麓に都市があると、町の明かりが干渉して夜空が十分に暗くなりません。しかし、ハワイ島には大きな町がなく、最大の町であるヒロも雲海の下にあることが多いので、地上光の影響を受けることはほとんどないのです。ヒロの町は夜に消灯する建物が多く、街灯にはオレンジ色を使用して天体観測に与える影響を小さくしています。また、山頂までは車道があり、アクセスも悪くありません。

このようにマウナ・ケアは天体観測に要求される条件をことごとく満たしているため、世界各国が競ってここに天文台を建設してきました。1960年代から始まった天文台の建設の結果、今日では13もの天文台が稼働中か建設中です。

しかし、良い話ばかりではありません。安定した貿易風のおかげで高所の晴天が約束されていたマウナ・ケアの山頂付近はここ数年、晴天率が減少しています。絶海の孤島であるハワイ諸島も世界的な気象変動の影響を受けているのです。マウナ・ケアの名の由来である冠雪の期間も次第に減少しています。

望遠鏡上部の副鏡

望遠鏡上部の副鏡

とはいえ、いまでも地球上でもっとも天体観測に適した場所のひとつであることに変わりありません。ここには1968年に最初に出現した口径わずか60cmのハワイ大学の天体望遠鏡を皮切りに、70年代以降に建設されたハワイ大学の第2天文台、カナダ・フランス・ハワイ大学連合、イギリス・オランダ・カナダ連合、イギリス、カリフォルニア大学、アメリカ国立天文台、アメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリア・チリ・アルゼンチン・ブラジル連合が作った口径8.1mのジェミニ天文台、NASAの赤外線望遠鏡、オーストラリア、それに日本のすばる望遠鏡など、13の天文台が軒を並べています。なかでもケック天文台の望遠鏡は口径10mもあります。ただし、この望遠鏡は単体ではなく、36個からなる6角形の鏡の集合体です。

単体の鏡で世界最大の望遠鏡はかつて日本のすばる望遠鏡でした。口径が8.2mありますが、今日では図版のように、巨大な単眼鏡や複眼鏡がたくさん造られています。鏡は巨大になると自らの重みで歪みが生じてしまい、精度を保つことができなくなります。そこで、すばる望遠鏡の主鏡には厚さを押さえた鏡が使われています。それでもわずかなたわみが生じるため、アクチュエーターという電子制御された261本のダンパーのようなものをレンズの下に張り巡らせて巨大レンズを支えています。その精度は、関東平野の高低差を1mm以内に調整するのに匹敵するすごさです。

ヒロの町にある研究施設

ヒロの町にある研究施設

すばる望遠鏡は良好な視界と高い精度を得るために、天文台の形状を円柱状にしたり、温度差によって生じる気流を防ぐために建物内と外の気温を調整したり、さらには建物内の温度を完璧にするため、研究者といえども観測中には望遠鏡のある場所には入れないようにしたり、望遠鏡部分の施設をリニアモーターカーと同じ原理で磁気浮揚させて微細な振動を防いだりと、数え切れないほど多くの工夫や新技術が駆使されています。

1991年4月、文部科学省は国立天文台の望遠鏡の建設をハワイ島で開始しました。1992年6月にマウナ・ケア山頂での工事を開始。それから1年をかけて基礎工事を行い、その後、1993年4月に望遠鏡本体の組立が始まりました。翌年7月に主鏡材が完成し、8月に主鏡の研磨を開始。1995年4月に望遠鏡本体部分の製作がいったん終了すると、仮組立が行われました。1998年9月に主鏡の研磨が終了し、それが山頂に持ち上げられて設置されたのが同年の11月。そして1999年1月にファーストライト(試験観測開始)が行われました。間もなく17年を迎えようとしています。

すばる望遠鏡のスタッフや機材は、山麓のヒロにある研究実験棟が支えています。この施設から望遠鏡を遠隔操作することもできます。また、三鷹の国立天文台からの遠隔操作も視野に入れています。光を集めて結ばれた像はすべてデジタル情報として処理されるので、マウナ・ケア山頂での解析を必要としない作業もあるからです。

雪景色のすばる望遠鏡

雪景色のすばる望遠鏡

マウナ・ケアは日没以降、屋外に光が漏れるのを禁じていますので、関係者以外はすべて下山しなければなりません。夕陽を受けて黄金色に輝く雲海を堪能したら、3000mほどのところにあるオニヅカ・センターまで降り、すばる(プレアデス星団)の輝きを堪能しましょう。

TMT計画と反対運動

TMTとは30m望遠鏡(Thirty Meter Telescope)の略で、日本の国立天文台をはじめ、アメリカ、カナダ、中国、インドとの国際協力で開発される巨大な望遠鏡のことです。2014年10月にマウナ・ケアの山頂で起工され、2024年の観測開始を目指していました。この計画は、1978年に州政府によって認可されたハワイ人問題事務局OHA(Office of Hawaiian Affairs)と長い間議論を重ね、OHAより許可を得て進めてきた計画です。
※OHAはハワイに約40ある先住民権利団体の統括組織ですが、すべての組織の利害関係が一致するわけではありません。

しかし、この山はハワイの先住民の聖地でもあることから、建設差し止め運動が起きました。そのため、OHAは一旦発表した計画の受け入れを差し戻しました。また、手続きに問題があるという判断から、ハワイ州最高裁判所は2015年12月にTMTの建設許可が無効との判決を下して、現在に至ります。この問題に関する国立天文台の基本理念は下記のサイトで確認できます。このサイトに書かれている対応だけで問題が解決するわけではありませんし、表現が完璧ではないところもあります。これは反対運動を続ける組織にも言えることです。今後、冷静な対話が行われることを願ってやみません。

国立天文台TMT推進室 http://tmt.nao.ac.jp/know/mauna_kea.html

TMT完成予想図(写真提供:NAOJ)

TMT完成予想図(写真提供:NAOJ)

写真提供:Wikipedia

写真提供:Wikipedia

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筆者プロフィール

近藤純夫
カワラ版のネイチャー・ガイド。本業はエッセイスト兼翻訳家だが、いまはハワイの魅力を支えている自然をもっと知ってもらうことに力を注ぐ。趣味は穴潜りと読書。ハワイ滞在中も時間をやりくりして書店通いをしている。